実績だけなら誰もが知っているのに、それを手掛けた本人は色々な事情があって全く日の目を見ない、という状況は、考え直してみると非常にありふれたものであることに気付かされます。
あのCMの有名なキャッチコピーを書いたのは誰? あの映画のキービジュアルを描いたのは誰? 影武者のように働いて成果を出して認められているのに、顔も名前も世の中に出ないため街中を歩いていても誰にも気が付かれない。それは一体どんな気持ちがするものなのでしょうか。
彼女もまた、そうした苦悩と闘ってきたであろう一人です。 今年の Britain’s Got Talent 出場者の中でも一際異彩を放つ経歴の持ち主、Loren Allred (ローレン・オルレッド)の紹介です。
「皆さんの中には私の歌声を聞いたことがある人がいるかも……」
Got Talent シリーズが始まってから長いですが、こんな自己紹介をする人は初めて聞きました。
The Greatest Showman の劇中歌、19世紀を代表する歌姫、ジェニー・リンドを演じていたのは Rebecca Ferguson (レベッカ・ファーガソン)。ですが、その歌パートは別録の歌声に口を合わせているだけ(いわゆる口パク)というのは割と有名な事実かもしれません。
その歌を担当したのが他ならぬ彼女なのです。
いわく、元々は演者の練習用のレコードを歌う為に招聘されたそうなのですが、最終的に彼女が歌った方が良い、という話になり、本番用に録ったテープを使ったそう。名前自体は出ていたのでその名を聞けばという人も中にはいたかもしれませんが、堂々と顔出しで出演する機会はほとんどなく、事実このカミングアウトまで誰も彼女のことを認識していませんでした。
オーディションではそのカミングアウト通り、Never Enough を生歌で熱唱。Amanda Holden のゴールデンブザーを勝ち取ります。
余談ですが、いかにも Amanda が押しそうだなと思って見ていました。彼女、こういうのに弱いです。
決勝ではオリジナル曲 “Last Thing I’ll Ever Need” を披露。審査員一同絶賛のパフォーマンスで、改めて彼女がスーパースターであることを印象付けました。
どんな人?
指揮者の父とソプラノ歌手の母という音楽一家で、4人姉妹の長女です。ボストンのバークレー音楽大学在学時代に YouTube にアップロードした動画がかの有名なシンガーソングライター Ne-Yo の目に留まり、レコード会社 IDJMG と契約を結びます。
それからオーディション番組 The Voice への出演(後述)を経て、しばらくは映画の劇中歌をメインとしたアンサンブル歌手として活動していました。その活動中、2018年に歌ったのが再三になりますが “Never Enough” です。
オーディション出演歴
The Voice Series 3 (2012) | オーディション通過、本選進出 |
The Voice Series 3 本選プレーオフ(生放送) | 敗退 |
BGT 2022 予選 | ゴールデンブザー (Amanda Holden) |
BGT 2022 準決勝 | グループ1位通過 |
BGT 2022 決勝 | 9位 |
The Greatest Showman のはるか前、2012年に米国の別の歌手オーディション番組 The Voice に出演経験があり、Top 20 の成績を残しています。
批評
オーディション番組に出る出場者、とりわけ歌手に対してはどうしても辛辣なコメントが多く見受けられます。これは別に彼女に限ったことではないのですが、特に彼女の場合、彼女は既に十分有名で£250,000(優勝賞金)を必要としていない、という事情が大きかったようです。
実はBGT出場前から彼女の生涯収益は(推定)$2,000,000 以上、Spotify での月間リスナー数は 3,000,000人超で、顔こそ知られていないものの事実としてその名は十分知られていました。さらに彼女はアメリカ出身で、AGTに出ればよかったのに、わざわざイギリスに来て他の誰かの機会を潰すことはないだろう、という意見が少なくなかったのです(このことについて、彼女はオーディションの時点で「私の好きな歌手は皆イギリスから世界に出ているので、私もその道を歩みたかった」と語っています)。決勝で彼女があまり得票率を伸ばせなかった理由の一つであることは間違いないようです。
Simon Cowell を始めとする審査員の面々は彼女を絶賛していましたから、彼女の実力には疑うべきところは何もありません。少々他の出場者と毛色が異なるのは確かですが、日の目を見てこなかったスーパースターを発掘する、という番組の趣旨には合っていると言えると思います。
今後について
BGTでオリジナル曲を披露してくれたのを皮切りに、今後は裏方としてではなく、本人としての活動が増えてくるかもしれません。
実力はあるのに機会に恵まれず、なかなか表舞台を見なかった人が活躍するステージが整うというのは素晴らしいことだと思います。微力ながら私も、そんな彼女の今後を応援する一人です。