【世界の才能に会いに行く】Tokio Myers – どんな音楽とも一線を画す、ミックスの天才。新世代の音楽家

世の中には音楽を武器に生きている人が数多くいます。あの有名な歌は誰が歌っている、などで名前を知っている人は多いでしょう。では、その曲を書いたのは誰? 作曲家は誰でしょうか? おそらく、現代で歌手並みに名前を知られている作曲・編曲家というのは、歌手の1%にも満たないのではないでしょうか。

それはGot Talent シリーズでも同じです。歌手は数多く出場しますが、今回紹介する Tokio Myers のような作曲家というのは極めて珍しいジャンル。ただ己の作品を武器に、Britain’s Got Talent で優勝を勝ち取った、純然たる努力と才能の化身です。

月の光から、日の下で旗を挙げるまで

19世紀後半から20世紀初頭を代表する作曲家、ドビュッシーの “Clair de lune”(邦題:月の光)という曲をご存じでしょうか。

名前を聞いたことがない方も、イントロを少し聴くと「どこかで聞いたことあるかも!」となるかもしれません。テレビコマーシャルやフィギュアスケートなど、様々なところで耳にする機会がある名曲です。

彼の初出のオーディションは、その Clair de lune が使われました。

今では彼を代表する作品の一つとなったこの曲は、そんな歴史的名曲を“Bloodstream” / Ed Sheeranとミックスした大胆かつ斬新なもの。このパフォーマンスで会場を一瞬のうちに虜にした彼は、見事4つの”Yes”を手に入れ本選に進出します。

準決勝では2012年に発表されイギリスを中心に世界的メガヒットを記録した名曲、“Diamonds” / Rihanna のリミックスを披露。

https://www.youtube.com/watch?v=wj65qQ6T4f8

もはや普通にコンサートですよね。これが一個人のオーディションのパフォーマンスというのが信じられません。「ワンマン・シンフォニー」とも評された圧巻のパフォーマンスは、全英の視聴者投票で断トツ、36%超の得票を得て決勝へと進出します。

迎えた決勝ではSF映画「インターステラー」劇中歌 “Interstellar” / Hans Zimmer を、これも大ヒット作の “Human” / Rag’n’Bone Man とのミックスで披露。見事栄冠をその手に掴みました。

https://www.youtube.com/watch?v=QZZ7ZTrlJVM

どんな人?

英才教育とかサラブレッドとか、そういったエリート街道とは彼は無縁でした。ロンドン郊外で生まれ育った彼の幼少期は、強盗や麻薬などの犯罪で溢れていたと言います。11歳の頃には通っていた学校の校長先生が目の前で射殺されるのを目撃したこともあり、平穏無事とは程遠い生活であったようです。

9歳の時、彼の父親が買ってくれたキーボードが、彼と音楽との出会いでした。「ありきたりのようだけど、音楽をやっている時は悩みとかそういったものとは無縁でいられるんだ」と、彼はインタビューで語っています。

並大抵ではない努力の末、彼は奨学金を手にし、英国王立音楽大学の門戸を叩くことが許されました。

そんな彼ですが、初オーディション後の Simon の「影響を受けた人は誰?」という質問に対し、彼の最初の音楽の先生(Mr. Morgan)の名を挙げています(このやり取りはオーディション動画 5:11~)。どれだけ経験を積んで実力を得た後でも初心を忘れない、謙虚な方です。

グレンフェル大火災へのチャリティー活動

彼がBGTで優勝した直後、現在 Grenfell Tower fire と呼ばれている、イギリスでは大戦後最も多くの死者を出したマンションの大火災が発生しました。

BGTの総プロデューサーでもある Simon Cowell が主導した、被災者支援のためのチャリティーソングの収録に真っ先に手を挙げたのが彼でした。彼はそれだけでなく、BGTの優勝賞金の内、相当な額を募金したと言います(後日の Simon 談による)。

手にした名声を真っ先に他人の為に使う、彼の人格が垣間見えるエピソードです。

全ての人に生きる意味を教えてくれる曲

優勝の翌年、BGTにゲストとして招かれ、披露したのは”Children”。

ミックスしたのは、名演説 I have a dream / Martin Luther King Jr. (曲ではありません。念のため)。差別の終焉を訴える、彼の力強いメッセージに溢れたチョイスでした。Got Talent 史上、私の一番好きなパフォーマンスでもあります。

I have a dream that one day this nation will rise up and live out the true meaning of its creed.

I have a dream that my four little children will one day live in a nation where they will not be judged by the color of their skin but by the content of their character.

I have a dream today!

私には夢がある。この国が、その信条の真の意味の為に立ち上がる日が来るという夢が。
私には夢がある。私の4人の子供たちが、いつの日かその肌の色によってではなく、その人格によって評価される国に住むようになる夢が。
今日、私には夢がある!

抜粋ですが、紛れもない時代の区切り目を象徴する言葉です。

この曲が収録されたCD版、ストリーミング版もありますが、そちらには残念ながらこのMixは入っておりません。また、動画の途中で演説中に大きな歓声が入っていますが、原曲にはこのような音は入っていないため、多分本当に歓声が上がったのだと思います。ものすごい熱量です。

その後個人でリリースした曲では、Black Lives Matter 運動に寄せて、“No More Gang Wars” をリリースしています。

The darkest hour is before dawn.

This coming sunrise is for all of humanity.

Racial justice is at root of freedom for all.

Together we Rise.

最も暗い闇は夜明けの前触れだ。
来る日の出は全ての人類のために。
人種を跨ぐ公平さはあらゆる自由の根拠である。
共に立ち上がろう。

「その日の天気のことを話して無関心でいることもできるけれど、外で起こっている戦いの味方をすることは君にもできる、皆で共に立ち上がろう」と外野に呼びかける、影響力のある彼ならではの曲です。

彼は決して熱心な活動家というわけではありませんが、自分の持つ影響力と自分にできることを理解し、強い信念に従って動くことができる人格者であると思います。

Got Talent シリーズ出場歴

BGT 2017 予選本選進出
BGT 2017 準決勝グループ1位通過
BGT 2017 決勝優勝
BGT 2018ゲストパフォーマンス
AGT 2019ゲストパフォーマンス (with Stewart Copeland)
AGT: The Champions 予選予選敗退
AGT: The Champions 決勝ゲストパフォーマンス (with Voices of Hope Children’s Choir)
BGT Christmas Spectacularゲストパフォーマンス (with Alesha Dixon)

全て書き出すとキリがないのですが、様々なジャンルに精通してそれぞれの個性を生かした演奏ができるという唯一無二の特徴から、とにかくコラボレーション出演が多いです。この番組以外でも様々な歌手とコラボレーションしたパフォーマンスを披露しています。

Stewart Copeland はイギリスのロックバンド The Police が擁する世界的ドラマー。うってかわって Voices of Hope は5歳から17歳の子供たちで結成されたコーラスで、Golden Buzzer を獲得した AGT Season 13 のセミファイナリストです。Alesha Dixon は我らが BGT の審査員の一人ですね。

現在は?

彼は現在もアルバム制作をはじめ数々のプロジェクトに身を投じています。彼の楽曲は各種ストリーミングサービスで配信されています。

以下は私個人の感想になりますが、全ての Got Talent シリーズを通して一番好きな出演者を聞かれたら、私は彼の名を挙げます。それくらい彼の登場は新鮮で刺激的でした。まだ日本でその名を聞く機会がなかなかないのが残念です。もっと広く知れ渡ってほしい才能だと思います。